〜 「夢でも、うつつでも、ない」 〜
練乳みたいにねっとりとした重みのある霧が、全身にまとわりついてくる。
息をするたびにそれを飲み込んで、私は少しずつ、この世界の住人になってしまう。
一歩一歩足を踏み出すたびに、大丈夫、まだアスファルトの上にいる、と思う。
道を外れて森に入ってしまってはいない。
まだ大丈夫。
たぶん。
やがて霧の向こうから、低い音が聞こえてくる。
早かったり遅かったり、近づいたり遠ざかったり。
静かなエンジン音、何台かの車の。
近づいたり遠ざかったり?
霧の中で目を閉じて、耳を澄ましてみる。
今もし時間が引き伸ばされたり、ずれたり、順番を変えられたりしていても、気づかないなと思う。
そしてやがて唐突に、ひらけた場所に出る。
中央に小さな丸い草地があって、ドーナツ状の道路が周りを囲っている。
その道路からは何本かの道が放射状に伸びていて、いずれかの道から入ってきた車はドーナツを時計回りにぐるっと回って、また好きな道へと走り去ってゆく。
でも、さっきから、目の前を3台の同じ車が、何度も通り過ぎていることに気付く。
そのどれもが、どの道へも出て行く様子がないのはどうしてだろう。
そしてすぐそこを通り過ぎているはずの運転手の顔は、なぜかよく見えない。
霧の中を、ゆっくりと回る。
同じ車が何度も通り過ぎる。
メリーゴーランドみたい。
でも、ラウンドアバウトはメリーゴーランドとは違う。
どこか別の場所に向かおうと思えば、いつでもこの輪から抜け出すことができる。
はずなのに。
今は濃い霧に、色んなものが隠れているけれど。
でもなぜかこのメリーゴーランドは、浮かび上がって見えるけれど。
ぐるぐる回る。
誰も追いつかないんだ。
いつまでも、誰も誰にも追いつけない。
そしてどこにもたどり着かない。
永遠に同じ場所で、ゆっくりと回り続けるんだ。
この深い霧の、森のどこかで。